「あ、そうだ。荒川、気分直しにもう一枚ガム食べる? 今噛んでいるヤツ、味がなくなっただろ?」


いそいそとブレザーのポケットを探ってガムを探す。

「気に入った」

荒川の意味深な独り言に、「ん?」どうした? 俺は相手を見つめる。チューインガムを取り出して相手に差し出すと、一枚それを抜き取りながら荒川が柔和に綻んだ。

「荒川?」

首を傾げる俺に、

「ヨウだ」

仲間からはそう呼ばれていると返事された。

ますます心情が読めない。

荒川庸一だからヨウだってあだ名は分かるけれど、それを俺に伝えてどうするんだよ。


「このあだ名を呼ばせる人間は少ねぇんだ。テメェにならいいって思えた」

「んー、そりゃどうも? お前の価値観についていけてねぇからよく分からないけど。お前がヨウって呼ばれたいなら、そう呼んでも」


「お前は今日からケイだ」


困惑気味に返答していると、荒川、じゃね、ヨウが更なる混乱に貶めた。

田山圭太だからケイだとあだ名を付けてくれるヨウ。

口角を持ち上げ、


「俺達。初めましてにしては気が合ったし、テメェは見た目に反してオモレェし、このまま逃すのも惜しい。だから俺はテメェと兄弟を結んでみようと思う」


淡々と語る不良に俺は目を点にした。

兄弟を結んでみようと思う? 兄弟? それって兄弟分のことだよな?


――まさか。


「ケイ、俺はテメェを舎弟にする。お前は今日から俺の舎弟だ」


持っていたガムを地面に落としてしまった。

呆けた顔で相手を見やると、自信あり気に笑みを浮かべている不良一匹。断る選択肢は持たせてくれないようだ。


勿論、俺の本音はじょ、冗談じゃない! 俺なんかが荒川庸一の舎弟になんかなったらパシリ決定じゃないか! である。

短いながらも長い高校三年の学校生活をパシリな日々で埋め尽くしたくはない。


だから表向き謙遜してみせた。


「い、いいよ。舎弟なんて大それたこと、俺なんかができるわけないし。喧嘩とかやったことないぞ」

「もう決めた。俺はテメェを舎弟にする。なんか問題でもあんのか?」

 
大有りだよバカヤロウ! お前の舎弟になったら俺の高校生活がめちゃめちゃだ!


毒言したいけれど、不良相手に反論できるほど俺も勇敢な人間じゃない。

始終引き攣り笑いを浮かべ、不良の申し出に首を縦に振るしかできなかった。


この些細で気まぐれな出来事が、後々の俺の人生を大きく変えることになるなんて、その時の俺は知る由もなかった。



⇒№01