仮に透が俺に何かしたとしても、何をしたのか、それを言ってくれなきゃ謝られても気分が落ち込むだけだぞ。

大混乱する俺を差し置いて、透は「ごめん」詫びを置いて脇をすり抜けて行く。


「待てよ、透!」


声を掛けても透は振り返らなかった。男子便所を飛び出す透の背を追い駆けるために、俺もすぐ便所を飛び出した。

地味のわりに透は足が速い。


もう姿が遠くなっていた。

俺は転びそうになりながら、必死に透の後を追った。


だけど途中で姿を見失っちまう。

俺は舌打ちをして透の行きそうな場所を探すことにした。


あの状態じゃ、教室に戻るって事はありえないよな。保健室も行きたくないと言っていたし。


そういえば透は美術部だったな。

美術室に隠れて、興奮した気持ちを落ち着かせてるかもしれない。


昼休みの終わりを告げてくるチャイムを無視して、俺は美術室に向かった。 


この後掃除が入る、掃除時間は15分、まだ授業は始まらない。時間はある。掃除くらいサボっても大丈夫だろう。

そんな気持ちを抱きながら、美術室前で立ち止まった。

上がった息を整えながら、俺は美術室前の扉を見据える。


「いてくれよ、透」


呼吸を軽く止めて気持ちを引き締めた。

その直後、両肩に勢いよく手を置かれて俺の心臓が飛び上がった。振り返れば、



「呼ばれて飛び出てワァアアアタルちゃーん」



なんでこの人がいるんだよぉおお! ちょ、なんで?!

ワタルさんの出現にもう少しのところでコケそうになったし、マジで腰が抜けるかと思った。心拍数めっちゃ上がっているし。

俺の反応にワタルさんはにやにやにやと笑い、肩に腕を置いてきた。


「そんなに喜ばないでよケイちゃーん。僕ちん、うれピくて思わずケイちゃーんに惚れちゃいそう」

「な、ななななんでワタルさんが此処に?」


「んー? それはねぇ。ケイちゃーんが楽しそうに走ってたからぁ。それに、トイレで地味っ子とお話してたでしょー? 僕ちゃーん、トイレの個室でちゃーんと聞いてたんだから。

あ、ちなみになんでトイレの個室にいたかっていうとこの子と戯れようと思ったから」


ワタルさんはポケットから煙草の箱を取り出して俺に見せ付けた。

どーでもいいけど、ぶりっ子口調、どうにかしてくんねぇかな。鳥肌立ってしょうがないんですけど。


つまりワタルさんは、煙草を吸おうとトイレの個室に篭っていたわけだな。そしたら俺と透の話を聞いて、何やらただならぬ雰囲気を面白く思って俺の後をついて来た、と。


……それ、悪趣味だってワタルさん。


「ケイちゃーん。始終聞かせてもらったけど、あの子さぁ、透ちゃーんだっけ? もしかして今回僕ちゃーん達が巻き込まれてる事件のことで、何かあるんじゃないかな」


突然飛び出してきた真面目な発言に、俺は目を瞠った。


「不良に関係することで何かあったんじゃないか? ケイちゃーん、あの子にそう言ってたねぇ? 話の流れからして、多分、僕ちゃーんは今回の事件が絡んでるんじゃないかって思うんだよ~ん。

まあ、あくまで僕ちゃーんの勘だけど? そう、例えばあの子がヤマトちゃーん達の手先になっちゃったとか」


絶句するとはまさにこのことだと思う。俺はワタルさんを凝視した。

下唇に刺さっているピアスを軽く触って、ワタルさんは「あくまで憶測」と俺にキッパリ言い切った。