いつまでもトイレの個室で駄弁っているのもアレだから、俺達は場所を移動した。

俺が唯一知っているサボれる場所に。


相変わらず体育館裏は静かだ。風通りが良くて気持ちがいい。

階段の段に座って空を仰ぐと、高くて遠い遠い空が穏やかに見下ろしてくる。


それがまた居心地を良くさせてくれた。


好きだな、体育館裏。

ヨウに呼び出された嫌な思い出があるけど、そのおかげで俺は此処の良さを知ることができたんだ。ホント好きだな、体育館裏。

此処にいると抱えていた悩みなんて、ちっぽけでクダラナイ……って思わせてくれる。


空を仰いでいる俺の左隣には利二が座っている。

体育館裏に来る途中で買った紙パックのカフェオレを飲みながら、同じように空を仰いでいた。

「田山。自転車置き場にお前の自転車、置いておいたから」

「持って来てくれたのか」

「昨日、鍵を返そうと思って忘れていたからな。本当は今朝、お前の家に置いておこうと思ったんだがー……起きたら身体が動かなかった」

「利二もか。俺も動かなかった。おかげで焦ったぜ。やっべぇ、どうやって起きよう……ってな」


「やっと起き上がっても、今度は着替えに苦労する羽目になる」

「そうそう。着替えとかアリエネェよな」


俺達は空を仰ぎながら適当にお喋り。


サボりの醍醐味だよな。
こんな風にサボって適当に駄弁るのって。

体育館から聞こえる生徒達や教師の声をBGMにしながら、俺達は会話を弾ませるわけでもなくグッダグダ喋っていた。


「田山、これからどうするんだ?」


話題を変えてきた利二。何を聞いているのか分かったから俺は小さく苦笑。


「ヨウにさ。舎弟、モトの方が……あ、モトって金髪の不良のことな」

「あー自分に説教垂れて茶をくれた奴か」


昨日利二が持っていた缶緑茶はやっぱりモトから貰ったんだ。

曰く「反省しろ」って怒鳴られて茶を押し付けられたとかナントカ。


モト、お前さ、俺達の仲を心配してくれたのは分かるけど、もうちっと言い方、どうにかなんねぇかな。まあ、いいんだけどさ。


逸れた話を戻して俺は言葉を続ける。


「モトの方が舎弟あっているんじゃね? って言ったんだ。スゲくね? 俺、不良さまにそんなことを言ったんだぜ? でも、俺はヨウの舎弟のまんま。
っつーか、ますます俺、舎弟の件を……俺って馬鹿かもしれねぇ……利二」


額に手を当てて俺は項垂れる。


昨日キッパリと「舎弟はモトの方がいいです」と言わなかったから(言ったけどヨウが綺麗に無視してくれたっつーか)、ますます俺、ヨウの舎弟になっちまったじゃないか。

お断りし難くなっちまったよ。

白紙にしたかった筈なのに、なんで、舎弟の位置付けを固定しちまっているんだ。

だからって昨日断れる雰囲気かっつったら、いやいやいや無理だから! あの空気で断るって、マジどんだけ?!


断ったら俺は『K(究極に)K(空気の)Y(読めない)H(平凡)』略して『KKYH(ダブルケーワイエイチ)』だぜ!


……なんか分かりにくい略。

なんでもアルファベットに略しちまえばいいってわけでもないな。分かる人には分かるけど、分からない人にはゼンッゼン分からないし。

この前も下校途中、小学生が『あの人クラスじゃTUだよね』って言ってたの聞いた時、ハア? 何だそりゃと振り返っちまったもん。

あとでネットを使って調べてみたら『T(超)U(有名)』って意味らしい。初めて聞いたら絶対ワッカンネェって!


「略語って初めて聞いたら絶対分からないよな。な?」

「……田山、一体全体何の話だ」


あ、そうだった。俺、今、利二と舎弟の話をしていたんだ。

いっけねぇ。あまりのショックに現実逃避していたよ。

まあ、どーせ俺に拒否権なんてなかったんだけどさ。最初から。