――『姉貴が結婚したんだ』


以前義広が言っていた、義理の兄。


――『その相手っていうのが、医学部を主席で卒業したような優等生でさ。
俺とはまったくの正反対で……』


あのときの義広は義兄への劣等感で自暴自棄になっていた。


けれど、今はそんな素振りはまったく感じさせない。

出来のいい義兄が婿養子としてやってきたことも、「仕方ないよ」と清々しく笑ってみせた。

人は、変わることができる。



「ところで」


山野先生が言った。


「検査の結果があまりよくないですね。妊娠中毒症(※)の初期症状が出ています」

「え?」

「浮腫が気になったりしませんか?」


桜子が不安げな瞳で僕を見た。


動揺を隠しきれない僕たちに、先生は冷静な口調とやさしい笑顔で説明してくれた。


「中毒症というと驚くかもしれませんが、妊娠後期には約一割の人が経験するんです。
桜子さんは現在26週目で、早めの発症ですね。
初産だし、念のため入院した方が安心かもしれません」




(※)現在は妊娠高血圧症候群と改称されています