私は知らなかった彼の姿を見る事が出来たからか



「岡本っちゃん?奈央ちゃん?お〜い!」



上原課長が不思議そうに私を呼びながらも何か勘付いた顔をしていた事を知らなくて。


真央が目の前でヒラヒラと手を振っていたのも気付かなくて。



――ただ嬉しさを噛みしめていた……



「悪いけど、先に帰る」



パチンと携帯を閉じた彼は背もたれにかけていた上着を手に取ると立ち上がり、ズボンの後ろポケットから財布を取り出し紙幣を上原課長に手渡していた。



「じゃあお疲れ様。またな」



そう言うと、上着の袖を通しながら店員に見送られて店を出て行く。


私は姿の見えなくなった入口を見つめるしか出来なかった。