彼は私のすぐ横へ移動して、停車した電車のドアが開くとホームへ降り立つ。


私の鼻孔をくすぐる微かに漂ったシトラスの香り。


思わず振り返って窓から彼の姿を探すと、早足で階段へと向かっている。


その背中はさっきの消えそうな雰囲気ではなく、何時も見ている景色に混ざっても遜色がない。





電車が動き出し、彼の背中がどんどん近づいてくる。


私はもう一度彼の顔を見たいと反対側のドアの窓へと視線を移したけど……


階段を降りはじめた彼は俯いていて、願いは叶わなかった……



私はまだ少しだけ早く動いている心臓のある左胸に手を当てた。