「欄、なんでや……」


ズボンのポケットに腕を入れた千尋。


スーツ姿だから、千尋ではないみたいだ。


「驚いた。
用事があって出かけてて、帰っても、欄はいつまでたっても帰ってこん」



「――用事って何をしてたん」




そう聞いた瞬間、千尋の表情が険しくなった。


黒い瞳をウロウロさせている。



「……あの日ね、あたし早退したんよ」


千尋は言えないんだ。


言えないということは、やましい気持ちがあるんだよね。


戸惑っている千尋なんて見たくない。



だから、まだ冬だというのに咲いていた小さな花へと視線を移した。



季節を勘違いしたのかな。

まだまだ、寒いのに。


小さな花は、懸命に空へと向かって咲いていた。



「家に帰ったら、千尋は出かけるとこやった。

駅に行ったら、千尋がスーツ着てた」



あの日、この目で見たもの全てを話していくうちに、気持ちまでもが戻っていく。



下を向いていたせいで、目がかすんでいった。




泣いちゃ……だめだよ。