「やっぱりその方がしっくりくる」
「そう? まぁ、俺もだけどね」
ピアノの椅子に腰掛ける先生の前まで歩き、あたしはジッと先生の姿を眺める。
黒髪に、黒縁眼鏡。やっぱり前髪は切ったほうがいいんじゃないかと思うけど、外で逢う時にやってほしい髪型があるから言わないでおいた。
「先生、何か弾いて」
「んー? じゃあ……美月のクラスの合唱曲」
先生は腕捲りをして、鍵盤に手を乗せる。その手にはもう、手袋はされていなかった。
「あっ」
「……あ、弾いちゃダメか」
あたしと先生は同時に気付いて、笑う。ピアノを弾いたら、ここに誰かいるってことがバレてまうから。
「多分、俺らのこういうとこがダメなんだろうね」
言いながら、先生は鍵盤蓋を静かに閉じる。
「2人の時間だとリラックスし過ぎるから、気を付けないと」
「先生は我慢強くもならなきゃダメだと思う」
「……頑張るよ」
そんなあからさまにガッカリされると、あたしが恥ずかしい。



