世界を敵にまわしても



「……美月に、俺が元ピアニストってバレた時、本当は戻りたいんじゃないのかって言われた時……図星だったよ。『逃げ場所になんかなってあげない』って言われた時も……甘えてた自分が恥ずかしくて、情けなかった」

「……うん」

「だけど同時に、本当に幸せだと思った。美月は俺の弱さを浮き彫りにして、怒ったけど……ピアニストでも、教師でもない……ひとりの人間として俺を見て、泣いてくれたから」


好きだからこそ、簡単に手を差し伸べることはできなくて。

……優しくしてあげられなくて、ゴメンって思ってた。

そのあと1週間程で曖昧な仲直りをしたけど、感じる先生との距離や溝が、苦しかった。


……先生はその頃、悩んでたんだね。

逃げてるのは、自分だって。
負けてるのは、自分だって。


気付いていたけど、向き合うのはまだ怖くて、あと少しの勇気が、ずっと出なかったんでしょう?


「……俺はね、美月。文化祭の準備期間中に二度目の噂が立った時、教師を辞めようと思った。変わりたくて、強くなりたくて。もう……逃げるのはやめようって」


『ずっと、好きだから。少し待ってて』


二度目の噂が流れた時、先生は電話越しでそう言った。


もうその頃には、答えが出てたんだね。


「俺はずっと、努力なんてしてなかったから……美月に一切甘えないで、頼ることもしないで。まず俺自身が、真剣にピアノと向き合おうと思った」


そう言いながら、先生はあたしの手をギュッと強く握る。


その手がピアノを弾いたんだと思うと、どうしようもなく、愛しさが込み上げた。