「……ピアノが弾けなくなってから、初めて起こった変化。俺を最
初に変えたのは、美月なんだ」
ジワリと涙が滲む。
話したこともない、まだお互いが存在を知るだけだった頃に、あたしが……先生の役に立ってた……?
「10月末からずっと、曲の続きを書けずにいたんだ。話したいと思っても、関わる機会がなかったからすごく悩んで……。2月頃かな。気晴らしに借りた本のしおり代わりに、あの楽譜を使っちゃって」
先生は懐かしそうに微笑んで、あたしを見つめる。こんなに優しい目で見つめられたのは、いつぶりだろう。
「美月が持ってる楽譜は、下書きみたいなもの。清書したものが家にあったから、そのままにしたんだ。……そしたら授業中に美月がそれを見てたから、驚くのを通り越して、嬉しかった」
……そんなの、あたしだって同じだよ。
だって今、あの楽譜があたしだけに向けたものだったことが、どうしようもなく嬉しいから。
涙を浮かべるあたしに先生は目を細めて、口の端を上げながら少し首を傾けた。
「美月が持つ楽譜は、俺がもう一度恋をするために、美月だけに恋するために書いた曲だったよ。だから……文化祭で歌ってくれた時、その前にあのメールをくれて、本当に嬉しかった。悔しくも、あったけどね」
……届いてた。
先生だけに向けたあたしの願いも、メールに秘めた想いも。
「絶対最後まで完成させて、美月に贈ろうと思ってたのに……まさかアレンジされて、歌われちゃうとは思わなかったよ」
……届いてた……それ以上に、伝わってたんだね。
悔しがればいいって、椿と晴の願いも、ちゃんと叶ってた。



