「左手を怪我してから、作曲なんてしなかったのに。書いたって弾けないとわかってるのに……浮かぶんだ。美月を見掛ける度、いろんな音が」
……あたし?
何であたしを見て、音が浮かぶの……?
そう不思議に思うと、先生は顔を上げる。その表情は先程までの苦しげなものではなくて、優しいものだった。
「頭から、胸の奥から……まるで俺の気持ちを代弁するみたいに音が溢れるから。夏頃にはもう我慢できなくて、去年の10 月末に書き終わった。美月が持ってる楽譜の部分だけだけどね」
「……」
待って。だってあの曲は、零さんとの別れを乗り越えるために、新しい恋が始まるように願って書いた曲じゃないの?
誰かと、もう一度恋をするための曲じゃないの?
先生の言い方は、まるで――……。
「あれは、美月に恋をするために書いた曲なんだ」
「……嘘だ」
目の前に先生が現れてから初めて出した自分の声は、とてもか細ぼそいものだった。けれど先生はゆるく首を振って、真っすぐあたしを見つめてくる。
「嘘じゃないよ」
「……だって! 零さんの家に行った時、零さんがあたしのって……」
あぁ、でも……。先生は確かに、自分のために書いた曲だと言ってた。
「零は意地悪いからね……たぶん、『あたしのことを忘れるための曲』ってことじゃないかな。俺が直接美月に言いたいことだってわかってて、わざと言ったんだよ」
……だから先生、零さんの言葉をさえぎったの?
今日、こうして……あたしの目を見て話すために?



