世界を敵にまわしても



「ピアノが弾けない俺は、何の価値もないと思った」


発せられた声は吐息のようで、喉の奥から絞り出したようなものだった。

そんな風に聞こえたのは、先生が長い間ひとりで抱えていた気持ちだからかな。


「もうピアノが弾けないとわかった時、周りの人は気に掛けてくるか、見放すかのどちらかだった。……朝霧ソウっていうピアニストとしてしか、見てくれなかったんだ」


……きっと、あたしがずっと聞きたかった、問い続けた答えを話してくれてる。


「弾きたいのに、弾けなくて……励ましの言葉を掛けられる度、もうコイツはダメだと見放されるたび、俺はいったい何なんだろうって。鏡を見る度、自分は誰なんだろうと思った」


ぽつりぽつりと話す先生の表情は段々と曇っていって、うつむきがちになる。

あたしはただ黙って、金色の下から垣間見える、苦しげに眉を寄せる先生を見つめていた。


「……逃げたかった。ずっと俺を取り囲んでたものから、逃げたかったのに……結局俺には音楽しか残ってなくて。それでも朝霧ソウではない誰かになりたくて……髪を黒くして、ピアスの穴もふさいで、眼鏡をかけて……教員免許を取った」


震えを帯びて言った先生の声は、涙に濡れているように響く。


こんなはずじゃなかった。なんて想いが消えるのには、教師になるまでの1年半で、十分だったと先生は言う。


考えることに疲れて……あきらめたのだと。毎日が、どうでもよかったと。


そんな時に、先生は入学したばかりのあたしを見つけた。


零さんと似てる、自分とも重なる……高城美月を。