世界を敵にまわしても



――ワッ!と、最後の響きが消えるのを待ちきれないように、観客から割れんばかりの拍手が起こる。


次々と席を立つ観客達の中で、あたしは椅子に座ったまま項垂れた。


両手で顔を覆って、そこへ涙をボタボタ落としながら。


……先生。最後まで弾けたんだね。


ピアノ、弾けるようになったんだね。


拍手と歓声が徐々に止んでいき、それでも泣きやめなかった。


世界で1番愛しい人が、あたしの名前を呼んでも。


「……美月」


先生の声がハッキリと耳に響いても、顔を上げることができない。


「美月……聴いてくれた?」


わずかに息が上がって、少しかすれている先生の声。


……疲れた? 緊張した?

ねぇ、先生。楽しかった?


ゆっくり顔を上げると、先生は床に膝をついて、あたしの目線に合わせてくれている。



交わる視線に先生は微笑みを向けてくれたけど、以前のような憂い顔がすっかり消えたわけではなかった。


……まだ何か、不安なことでもあるの?


そう聞いてあげたかったのに、言葉が出なくて。


「……俺の話を、聞いてくれる?」


そう言った先生があたしの右手に触れて、指を絡ませるから。

かすかに震える先生の手に、懐かしい温度に、涙が浮かんだ。


返事の代わりに手を握り返すと、先生は自分を落ち着かせるように小さく息を吸って、吐いて、口を開く。