世界を敵にまわしても



「み……っ」


あたしが立ち去ろうとした瞬間、先生は引き止めようとしながらも最後まで言い切れない。


振り向くと、あたしを見つめる黒目が揺れていた。雲が地面に影を落とすように、哀痛の色が深くその中に漂ってる。


行かないで。
そばにいて。


そんな聞こえもしない叫びが、聞こえた気がした。


『離れようとしないで』


今にも泣きそうな繊細さを含みながら、訴え掛けるような声色でそう言ったね。


あたしを抱き締めながら、何に怯えてたの?



「……離れてくのは、先生じゃん」


先生の怯えたような眼は、ばねで弾かれたように見開かれる。あたしはそれを睨むように見てから、音楽室を後にした。



色んなことを隠して、ごまかして濁して嘘をついても、あたしを助けてくれた先生は信じたいんだよ。


あたしを好きだと言った先生のことだって信じたい。信じさせてほしい。


だけど先生が先生である以上、開いてしまった距離は縮まらないの。


先生の過去も弱さも知ってしまったから、見逃すことは出来なくて。


冷たい奴だと思われても、受け入れる気持ちにはなれない。