「演奏が聴けないわけじゃないから、大丈夫とか平気とか、そんな事すら考えてなかったんだよ。」
「……考えてよ」
「うん、だから。今日ここに来るのが嫌だなんて思ってないよ」
「……」
微笑む先生に込み上げるものがあって、あたしはパッと顔を逸らした。すると先生はあたしの体を反転させて、強制的に膝へと座らせる。
「なに……っ!」
左足に座らせられて戸惑うあたしは、腰に添えられた手のせいで逃げるに逃げられなくなった。
「楽しみにしてた。今日が来るの」
真横に居る先生は同じ目線で、そのくすぐるような目つきがあたしには耐えられそうにない。
そんな風に言われて微笑まれたら、何も言えなくなる。
「ゴメンね、不安にさせたでしょ」
「……別に」
「あれ? 珍しく否定しないんだ」
右側に居る先生を見ない様にわざわざ顔ごと左へ向けてるのに、先生はあたしの顔を右側からさらに覗きこもうとする。
顎が背中につきそう。いや、普通に無理だけどそれくらい首を捻っても先生が覗いてくる。
「しつこいっ、バカ!」
「ははっ! やっとこっち見た」
先生は笑って、首を傾げながらあたしを瞳に映した。
眼鏡越しじゃないからなのか、いつもより眼差しが濃く感じる。
「今日ずっと思ってたんだけど、赤いダテ眼鏡似合うね」
「……そうかな」
「うん、巻き髪のアップも新鮮」
……何か、空気が。
甘ったるくない?



