世界を敵にまわしても



「……平気じゃないなら、言ってよ」


椿が言ってた事が、今更分かる。先生のこういうとこが子供だって言ってたんだ。


平気なフリして、無理して大人ぶって。デートの誘いが嬉しいって言いながら、内心嫌だったんじゃないの?


……あぁ、バカ。あたしが今怒ってどうするの。


これじゃあ自分の後悔を先生にぶつけてるだけだ。ただの八つ当たりなのに、止まらない。


「無理されても、嬉しくない」

「……美月」


立ってるあたしを見上げる先生の眉が下がった。


こんな事を言って、あたしは先生に何て返してほしいんだろう。


「嫌なら嫌って、ハッキリ言ってくれれば……っ」


グッと手を引っ張られて、あたしは咄嗟に先生の肩へ手をついた。


縮まった距離に先生は手を掴んだまま、あたしの腹部あたりに額をつける。


「違う……そうじゃないんだ」

「……」

「ピアノの演奏が聴けないわけじゃない。それが無理だったら、音楽教師なんてしてないよ」

「……音楽の授業とコンサートじゃ違うでしょ」

「うん……俺がバカだった」


あたしの腹部に額をつけたままそう言って、先生はあたしの手を一度強く握る。


顔を上げた先生と視線がぶつかって、一瞬誰だか分からなかった。


長い前髪と眼鏡の無い今日の先生は、本当に普段と別人みたい。