世界を敵にまわしても



文化センターを出ると、建物の裏手にあった広場に向かった。


ベンチが何個かあったけれど、先生は建物を囲むように配置された花壇の縁に腰掛ける。


たぶん、従業員や関係者だけが出入りする場所だろう。それらしい扉が、ひとつだけ目に入った。


……大丈夫?って何回聞いたかな。


どう見ても大丈夫そうじゃないのに、気の利いた言葉が出てこない。


あたしは座らずに先生の前に立ちながら、うな垂れる黒髪を見つめた。


辺りはもう夜で、月明かりと広場の周りを囲む外灯だけが、あたしと先生をうっすら照らしだす。そのせいか、目の前で俯く先生の姿がとても弱々しく見えた。


……やっぱり先生は、自分の左手が上手く動かない事が辛いんだ。


あたしが想像してたよりずっと、もっと。


乗り越えて教師になっても、ピアノがうまく弾けない事には変わらないから。


「……ゴメン」


謝ったのは、あたしだった。


言わずにはいられなくて、コンサートに誘ってしまったことに罪悪感を感じてしまって。


傷を抉るような事になるかもと分かってたのに、先生の言葉で簡単に大丈夫だと思ってしまった事に後悔した。


先生はゆっくり顔を上げて、形容しがたい表情であたしを見上げる。