ドレスの裾を少し持ち上げて椅子に腰掛けた彼女は、膝の上に手を置いてピアノを見つめていた。
緊張してる。
彼女ではなく、ホール全体の空気が。
真っ直ぐと背筋を伸ばす彼女に、あたしも思わず姿勢を正す。
―─ショパン、ピアノ協奏曲第1番ホ短調Op.11
演奏、氷堂零(ひょうどう れい)。
彼女が出す初めの一音は、どんなものなんだろう。
……あれ?
管弦楽による序奏は、1曲目のように壮大かつ重厚で、だけど違うのは悲しげであったこと。
最初は甘く悲しい旋律で、徐々に柔らかな響きに変わり、優しさに包まれるような感じだった。
だけど……そう、だけど。
ピアノはまだ?
協奏曲って、ピアノを引き立たせる為にオーケストラがいるんじゃないのかな。
オーケストラだけの演奏は、もう3分は超えてると思う。ピアノが入るのかと一瞬躊躇するかのように演奏が止まりかけては、再び大合奏。
ま……まだ?
じれったい、そう思った瞬間、白い腕が力強く鍵盤を叩いた。
「――…」
今度は、オーケストラが静かになる。おまけにあたしは全身があわ立って、彼女から目が離せない。



