「最後はブラームスか」
隣で先生が呟くと、あたしはプログラムの曲目のところへ視線を向ける。
……ブラームス交響曲第1番……全然わからない。
メロディーなんて浮かばないのに、まじまじと曲目を見てしまう。
「……あ。2曲目、ショパンのピアノ協奏曲だって。……好き?」
「ん? うん……そうだね。協奏曲にしては未熟だとか言われもするけど、俺は好きだよ。ショパン自体好きだしね」
……じゃあ、好きな作曲家のピアノ協奏曲を聴けるのは、嬉しいのかな。
あたしはどんな曲か知らないから、ピアニストの人がどんな風に弾くのかもわからない。
「……平気?」
控えめな声で尋ねると、先生はあたしを瞳に映して、その目を丸くさせた。
「ぷっ……」
先生は片手で顔をおおって、肩を震わせる。
心配したのに、何で笑うかなっ!
「……ちょっと」
「や、ゴメン。……ゲホッ」
咳き込む先生に怒るタイミングを逃して、あたしは「大丈夫?」とあまり心のこもってない言葉を口にする。
「はぁ……大丈夫。平気だよ」
……それじゃ咳き込んだことなのか、手のことなのか。どっちかわかんないじゃん。
顔に出たんだろうけど、先生は口角を上げただけで、それ以上何も言わなかった。



