世界を敵にまわしても



「ちょ……何っ!?」

「何って……笑うから?」

謝るから離してほしい!


逃げようとしても先生の腕の力は強くて、全く解けない。みるみる内に顔に熱が集まって、あたしはすっかり委縮してしまった。


「こ、珈琲……拭かなきゃ」

「後でいいよ」

「カップも片付けないと」

「うん、後で」


何だこの会話。
どうしようもなく、むずがゆい。


「っ!」


ビクッと肩を揺らすと、そこへ顔を乗せた先生がクスリと笑う。


「凄いね。心臓の音」


当たり前じゃん…!


体中に感じる先生の体温と、首筋にかかる吐息や耳元で囁く声に、ドキドキしない方が無理に決まってる。


ダメだ。心臓が破裂しそう。


「先生……っ」

「離さないよ」


何言ってんの!?と叫びたかったけど、更に強まった腕の締め付けに息が詰まった。


離れたい。逃げたい。心臓が持たない。息が出来ない。


先生が肩に顔を埋めてきていよいよ叫び出しそうになった時、蚊の泣く様な声が耳をかすめる。



「離れようとしないで」



色を含んだ艶のある声というより、弱々しい、線の細い声。


先生の声は、今にも泣きそうな繊細さを含みながら、訴え掛けるような声色だった。