世界を敵にまわしても



「「ご馳走様でした」」


店を出る前に店主さんに頭を下げて、あたしは先生の背中を見ながら階段を降りた。


「先生」

「何でしょう」

「お金、いくら?」

「えぇ? 奢らせてくれないの?」


階段を降りて振り返った先生に、あたしはグッと口をつぐむ。


そういう事だろうとは思ってたけど、何か悔しいじゃない。


「言い方がズルイ!」

「え? 何で?」


だって、断らない方がいいのか断った方がいいのか。


迷いすらさせてくれない言い方だ。


「大人しく奢らせてよ」

「……」


素直に頷けないあたしの顔を、先生が覗いた。口の端を、ニヤリと上げて。


「俺は男で、彼氏だし?」


その悪戯っ子みたいな眼はいつもあたしをからかうように光って、心を乱す。


「〜っご馳走様! ありがとう御座います!」


こうやってあたしが声を大きくすると、先生は面白いのか嬉しいのか、喜びに喉を鳴らすんだ。


あたしもうずっとずっと前から長いこと、この先生の笑い声を聞いてる気がする。



そう思えるほど、先生の笑い声も表情も優しい。