音楽室に入ると、真ん中あたりまで手首を引かれて、スルリと先生の手が離れた。
そのまま数歩前へ進んだ先生の足音が消えても、あたしは顔を上げられない。
今なら逃げられる。でも、逃げても何も変わらない。
逃げたいわけじゃない。でも、今は逃げたい。
――笑える。
あたしの恋は始まったばかりで、終わってもいないだなんて。
当たり前だ。あたしが勝手に告白して、終わらせたくなくて逃げてたんだから。
先生になかった事にされるのが怖くて。振られてしまうのが怖くて。嫌われてしまうのが怖くて。
どうしようもない弱虫のくせに、なかった事にしたくなくて。そのくせ何もしないんだから、堂々巡りするに決まってる。
ちょっとしたことで挫けて。諦めて、傷付いてますって悲劇のヒロインみたいにしてたらダメだって。
それじゃ何も変わらないなんて当たり前だって、先生のおかげで気付かされたはずなのに。
何であたしは――…。
視界に潸然と涙が浮かんで、耳に届いた音に目を見開く。
流れた音。
奏でられる、メロディー。
あの、楽譜の曲。
……何で。
そう思って恐る恐る顔を上げると、ピアノの前に座る先生が目に入った。
夕方の西日が窓から入り込んで、先生の輪郭を橙色に染め上げる。



