「高城、今ちょっと時間ある?」
わずかに振り向くと、あたしの視界には先生しか居なくて。予想しなかった事態に言葉を発するのも忘れた。
「何なに、美月帰っちゃうの?」
「んで朝霧は、美月に何の用」
あたしを見ていた瞳がフッと逸らされて、横顔の先生を凝視する事しか出来ない。
「ちょっとね。俺この前、高城のこと怒らせちゃって」
「うわ。美月怒らせるなんて、相当失礼なこと言ったろ」
「え? 雑用させてるくせに怒らせたの? ダメじゃん!」
「そういうこと。じゃ、ちょっと借りるね」
「!」
グッと手首を引かれて、もつれそうになった足を大きく一歩前に出した。
部室を出て廊下を少し歩けば、B棟に続く外廊下がある。
落ち着かない視線を辺りに巡らせて、先生が外廊下に出た瞬間理解する。
……音楽室に行くの? 今?
ちょっと、何でいきなりこんな事に……待って、ヤダ。嫌だ。
何か言わなくちゃ。嫌だ。時間なんか無い。話したくなんかない。
言わなきゃ、早く、早く。
「……せ……っ」
……ダメだ。
先生とすら呼べなくて、逃げることも出来なくて、あたしよりも少し先を歩く先生の背中がぼやける。
掴まれた手首が、熱い。



