世界を敵にまわしても



「んーん。詳しいことは分かんないけど、パリでしょ? で、ヴィルトゥオーゾって、超一流の演奏家って意味だったと思う」

「クラシック、とか?」

「そうそう。多分作曲家の人生とか、そんな感じの本だったんじゃない?」


あたしも、クラシック愛好家が読むような本だとは思ったけど。


「……うーん、そっか」

「まぁ何にしても、全体的に謎っ!って感じ?」

「だよね」

「んじゃ帰ろっ! 俺もそろそろ部活戻んねーと!」

「あ、そうだね。ゴメン、付き合わせて」


楽譜を手帳に挟んで鞄を肩に掛けると、晴は当たり前のように待っていてくれた。


「なーんで謝んの! 俺が美月と話したかったんだし、いいじゃんっ」


……そういう事をサラッと言っちゃうのが、何かなぁ。


どう反応すればいいのか、困る。



「美月さ、今度ライブ見に来てよ! ぜってー楽しいから!」


前のように下駄箱まで着いてきてくれた晴に、あたしは頷いた。


「うん、考えとく」

「おー!期待して待っとくっ。ほんじゃ、気を付けてね!」

「晴も。部活頑張って」


笑顔が絶えないままの晴を見送って、あたしも上靴からローファーに履き替える。


そんなあたしと晴を見ていた人がいたとは知らず、学校を後にした。




――『2人を別つこの線から、決して出てはいけないよ』


ずっと頭の中にあって、守ってきた事。


自分で線を踏み越えた自覚はあった。ひとつだけ。


だけど本当はもうひとつ、あとひとつ、ボーダーラインを踏み越えていた。


その事にあたしはまだ、気付かなかった。



その時になるまで、気付かない――…。