◇

『俺ちょっと、明日から出張だからね』

 携帯が鳴ったから出たら、蓮だった。バイトから帰って、適当に夕食を食べた後だった。耳に心地良い、声。

「出張か。忙しいね」

『んー、暇よりいいか』

 出張で出かけているから、そばに居ないから、困った時にすぐ飛んでいけないよっていうことをわざわざ連絡してきれたのだ。

「大丈夫だよ、子供じゃないし」

 アハッっていう、ちょっと癖のある笑い方。ちょっと変な笑い方。わたしは好きだけれど。

『そうだな』

 そうだなって、わたしのこと子供扱いしているよね。まるで保護者みたいにね。自分ばっかりそんな風に、ちょっとずつ、大人びていく。

 わたしは、言いたいことを心の中に留めて、蓮に言わないから、時々、心が腫れていることに気付く。

「大丈夫だよ、蓮は自分のことやっていてよ。わたし自分でできるし」

『おう、分かってる』

 心配されているのは心地良い。恋人同士、兄妹、家族。そのどれでも無くて、友達とも少し違っていて、義務すら感じてしまう。
 いつも、わたしの心配ばかりをしている彼は、昔から優しい少年だった。

『詩絵里(しえり)、いま暇? ちょっと、飲みに出る?』

 そう言われてすぐに「行く」と答える。飲みに行きたいのは口実。わたしはあなたに会いたかったから。

 あまり社交的ではなく、友達も多くはないわたしを、蓮(れん)はたまに飲みに連れて行ってくれる。外出させると言った方が良いか。時々、仕事で疲れてダルいから行きたくない時もあるけれど、でも、誘いは嬉しい。だから行くんだ。

 ちょっとだけおしゃれをして。迎えに来た蓮のあとを付いて歩く。家々の灯りを辿って、繁華街。夜の街の匂いがする。

 わたしと蓮が男同士だったなら、女同士だったなら。ずっと離れないで親友でいられるのにね。時々、そう思う。

 恋とか愛とか、煩わしい気持ちも無く、ただ仲の良い友達でいられる。なにも考えずに並んで歩けるのに。きっとそうだ。ずっと一緒に居られるのに。

 前を歩く蓮の背中に注ぐ視線が熱を帯びていく。