カチャンッ――と、ドアノブの奥で音がする。
人生最大の難関を乗り越えたと言ってもいいんじゃないかというくらい疲労感でいっぱいのわたしは、屋上に続くドアノブを回す。
ギイ、と蝶番が音を立てる。
開け放たれたドアの先に、水をたっぷり含んだ筆が、シアン色を伸ばし続けたような空があった。
背後に誰もいないことを確認してから静かにドアを閉めると、また蝶番が緊張を煽る音を立てた。
数歩進んで辺りを見回しても、それらしき人影は見当たらない。
「……み、水島くん?」
呼んでも応答がなく、携帯を取り出した矢先、ゆらりと足元に影が現れ、とっさに後ずさる。
「万代っ!」
振り返れば屋上の出入り口。見上げれば、塔屋の上からたぶん、水島くんが身を乗り出していた。
「27分! 思ってたより早かったなあっ」
眩しい……。
額の上に手をかざしても、逆光で水島くんの表情までは確認できない。
けれど「こっち」と手招きされたのはわかって、言われた通りに足を進めた。
塔屋の横にはところどころ錆が見受けられる階段が備え付けられている。
「上れんかや? 手伝っちゃろうか?」
「え!? だ、大丈夫、大丈夫です上れます!」
慌てて手すりを掴み鉄の棒に足をかけたあとで、どうして上ることになってしまったんだろうと思った。



