ミカンって……あ、これか。
シューズラックの上に置いてあった紙袋を持って瞬の家を出る。帰宅までの所有時間は1分にも満たない。
自宅の戸口を開けると、乱雑に脱ぎ捨てられたハイヒールが転がっていた。
最近多いな、こういうこと。
お母さんは15歳の娘がいるとは思えないくらいきれいで若く見えるのだけど、私生活はけっこうずぼらと言える。
でも仕事で身に付けるものは大事にしているほうなのに。
今日も、あまり機嫌がよくないのかも。
「ただい……ま、」
ぎょっとしたわたしの目に映ったのは、ダイニングテーブルでお酒を呑むお母さんの姿だった。
お酒なんて、家では飲まないのに。
そっとテーブルに紙袋を置いてキッチンに向かうと、「なにこれ」と声をかけられる。
「あ、ミカン。瞬が親戚の人にたくさんもらったから、食べてって……。今まで瞬の家で、友達と課題やってたの」
「ふぅん」
カラン、と氷がグラスにぶつかる音がする。
冷蔵庫を開け、言葉を投げかけるべきか迷う。
パスタ茹でたら食べるかな……。外で食べてるならいいんだけど、家で食事してる様子がないんだよね。
でも大体いらないって言われるし……どうしよう。
できるだけ自然体でいたいのに、それがお母さんを苛立たせるかもしれないと思うと、自然体がどんなものだったかすらわからなくなる。



