自宅の門扉を開けると、家から出てきた男性と目が合う。けれどすぐに逸らされ、たぶんお母さんの彼氏は無言で帰っていった。
なにかひと言くらいあっても……。
自然とため息が漏れる。
せめて名前くらいは知っておきたい。顔を合わせたことしかない人が自分の家から出てくるのって戸惑うし、怖くもある。
「ただいま」
リビングに顔を出すとお母さんは顔の半分を手で押さえ、ダイニングテーブルに肘をついていた。
「大丈夫……?」
「なにが?」
「……頭痛いのかなって。……あの人と家の前で会ったよ」
「ああ、そう」
そう、って。それだけ?
「なに?」
冷たさを含んだお母さんの声が、わたしから表情を奪う。
「言いたいことあるなら言いなよ」
「……あの人、彼氏?」
言えというから訊いたのに、大きなため息が耳に残った。
「関係ないでしょ。なに、嫌い?」
「そうじゃないけど……。話したこともないし……」
だから、簡単にでいいから説明してほしいのに。関係ないとはねつけられたら、なにも言えなくなるよ。
お母さんの恋愛だもん、自由だけど。この家に住んでるのはわたしも同じなのに、どうして関係ないなんて言うの……って、訊くこともできない。
途切れた会話を続ける努力すら、くじけてしまう。
「えと、夕飯……作るけど、お母さんも食べ、」
「アンタのそういうオドオドするとこ、大っ嫌い」
「――……」
「見てるとイライラする」
苛立ちを吐き出したかのようなお母さんのため息は、長かった。



