戯れ人共の奇談書


暮れる陽、ぬるい空気。時たまそよぐ風は、葉のざわめきを運び、髪にいたずらをする。


なぜこの国の多くの者は、こうも無防備なんだ……。

まともに警戒をするのは、あの中年の男ぐらい……。


心の豊かな連中の考えは、理解し難い。


そんな事を考えながら、与えられた自室へ向かっていた時、後ろから声をかけられた。


「ちょっと、よろしいですかな? ユェ様」


うわ、最悪だ……。足が止まるよりも早く、直感めいたものが、そう呟いた。

振り向いた先には、中年の男。
鎧はまとわず、貴族のような、わずかに装飾の入った衣服。


「はい、なんでしょう?」

なんの話があると言うのか。


「いえ、自己紹介がまだでしたからな。わたくしは、ノエル・ド・マーティン。姫をお救い頂き、ありがとうございます……」


口にされたのは礼の言葉。片腕を腹部へ寄せ、上半身を深々と下げる、中年の男。


「シヴェルに伺いましたが、幼くして旅をしているとは、ただならぬ苦労と、理由があるのでしょう。これまでの無礼、誠に申し訳ない」


「いえ、警戒されるのは当然。それゆえ、気に止めてなどいません」


それが当たり前だ。他の奴らが、お人好しすぎるだけだ。

常識的な奴が居てくれて、なぜだかほっとする。


そんな事を胸のうちで思いながら、ノエルに頭を下げ、足を自室へと向け、再び歩き出した。