アリスズc


「トーおじさまが来たわ」

 モモは、その嬉しい知らせを、家の中に持ち込んだ。

 彼女が生まれた時、最初に祝福をくれたのがトーだと母から聞いた。

 白い髪の男は、いつも桃を抱き上げてくれる。

 子供の頃から、彼の時間はまったく動いていないように見える。

 ただ、皺の代わりに傷は増えていた。

 本人は、至って気にしていないようだが。

「トーおじさま…歌を歌って」

 桃は、彼が大好きだった。

 彼の歌も。

 特に。

 夜、家の外で歌ってもらうことは、彼女にとって格別だった。

 余りに心地よくて、いつも途中で寝てしまうのだが。

 朝起きると、モモは家の中で。

 トーは、朝にはいなくなっているのだが。

 多分。

 父親への憧れや思いが、そのままこの白い髪の男へと向いているのだろう。

 自分でも、そう思っている。

 父からの手紙は、時々飛脚によって届いていた。

 ひとつ下の弟がいるということも、手紙で知ったのだ。

 いつか。

 いつか、父と弟に会いたいと、桃は願っていた。

 リリューには悪いが、彼女の父は生きているのだ。

 生きているのだから、いつかきっと会える。

 母は、身体が弱く、会いに行くことは難しいだろう。

 だが。

 桃は、丈夫な身体をもらった。

 剣術を習っているのも、いつか旅立つため。

 遠い旅路を、渡っていくための知識と知恵は、キクという伯母から習う。

 桃は、着々と準備を進めていた。

 あとは、旅立つ大義名分。

 彼女には、それが必要だった。