アリスズc


 真夜中の訪問者は──コーだった。

 休もうとベッドに入りかけていたハレは、闇に浮かび上がるその白い髪をバルコニーに見つけて、寝るのをもうしばらく後に伸ばすことにした。

 今朝、都に入るまでは一緒だった彼女は、いつの間にかいなくなってしまっていたのだ。

 心配をしていたわけではないが、こうして来てくれてほっとする。

 遠征中、毎日ずっと彼女と一緒にいたのだから、いないということに慣れなくなってしまったのだ。

「コー…よく来たね」

 彼女の来訪は、いつでも嬉しかった。

 特にこうして、ハレが宮殿にいなければいけない間は、彼女が会いたいと思ってくれなれば、会うことは難しいのだ。

 コーは、自由な鳥のような人生を送っているし、これからも送るだろうから。

「ハレイルーシュリクス…コーはしばらく、こんな遅くにちょっとだけしか来られなくなるけど、ごめんね」

 彼女は、少し斜め後ろを見るような素振りを見せた。

 そっちに、何か大事なものでもあるかのように。

「何かあったのかい?」

 彼女の心配事は、自分の心配事──ハレはそう思って問いかけた。

「桃の側についていたいの…本当は、お父さんについてて欲しいけど」

 コーは、不思議な話をする。

 モモに何かあったようだ。

 だが、不思議なのはその点じゃない。

「どうしてトーが出てくるんだい、そこで?」

「だって、お父さんにとって、桃は特別だから」

 音を探すように、コーは空を見る。

 夕刻まで、そこにはトーの歌声が響いていた。

 凱旋の歌というには、少し物寂しい響きが、町中に流れていたのだ。

「コーは、お父さんと同じもので出来ているけど、桃は違うものから出来てるでしょ? 違うものとして、お父さんは桃を愛してるもの」

 コーの言葉は、真実を浮き上がらせる。

 彼女の伝えたいことが、誤解もなくハレに伝わってくる。

 あの白い髪の男は、自分の気持ちを語ることなどないが、何も思っていないわけではないのだ。

 そしてコーも。

 桃の幸せを思いながらも──父の幸せもまた、思っているのだろう。