アリスズc


 最初に屋敷に帰ってきたのは、武の賢者だった。

 屋敷中の人間で、主の帰還を出迎える。

 エンチェルクは、つつましい位置でそれを見守っていた。

 もう、夕方の随分遅い時間。

 ゆっくり、歩いて帰ってくる大きな身体。

 長旅で疲れているだろうに、荷馬車も使わない賢者様だ。

 穏やかな表情を、彼は出迎えに向ける。

 その視線が、キクで止まった。

「いま帰った」

「お疲れさん」

 何一つ、変わったことがないかのようにかわされる言葉。

 しばらく前まで、ぴくりとも動かせなかった脚。

 いまは、袴のせいでその細さはよく見えないだろうが、たとえそれが分かっていたとしても、この賢者の態度は変わるまい。

 あたたかく、揺るぎない心のつながりを見ると、エンチェルクも幸せになれる。

 そんな武の賢者は、リリューが帰ってきていないと聞いて首を傾げた。

 立場的に、息子の方が先に帰ってくると思っていたのだろうか。

「ああ、多分道場の方だろう」

 キクは、何の心配をするでもなく、そう言葉にする。

「道場…」

 モモが、その言葉を唇の中で止める。

 爆弾で破壊されたそこは、いまや瓦礫も綺麗に取り除かれ、ただの更地となっていた。

 もはや、道場と呼ぶには憚られる場所。

 だが、門下生たちは、みな自然とそこへ集まって剣の稽古をしている。

「桃…暗くなるところ悪いが、レチと一緒に迎えに行ってやってくれるか?」

 キクは、姪に奇妙な頼みごとをした。

 モモが迎えに行くのは分かる。

 しかし、レチを連れて行ってくれというのだ。

 これではまるで、モモに彼女の道案内をさせたいかのようだった。

 レチは、これまで道場に行ったことはないため、道が分からないのだから。

 エンチェルクと同じように、つつましい位置にいた彼女は驚いている。

「分かりました」

 モモは、素直に引き受ける。

「暗くなりますから、私も行きましょう」

 エインが、するりとその話の乗っていた。