アリスズc


 父上を大好きなエインの胸の内。

 それが、夜道で語られる。

「なのに、モモは死ぬまでテイタッドレックは名乗らないと言う…どうしてモモは、父上の気持ちが分からないんだ」

 男には、男の理屈がある。

 それが、たとえ女にとって取るに足りないことに見えたとしても。

 彼らは、懸命に考え、そして女を幸せにしたいと思っているのだ。

「父上は、名乗って欲しいんだ…モモに。そして、父上は国中に自慢したいんだ…これがうちの大事な娘だって」

 ここまで饒舌なエインは、初めてだった。

「もっと父上や私を頼れ…私はまだまだ未熟者だが、すぐに大人になるし、出来るだけ早く領主を継ぎたいと思っている」

 近くの店から出てくる人の気配に、そこで一度言葉を止めたエインは歩き出した。

 ちょっと呆けていた桃の腕を、掴んで引っ張りながら。

 速足でついていかなければならない。

「私が、早く領主を継げば…父上は自由だ」

 自由。

 今日の桃は、その言葉に翻弄されている。

 カラディにとって自由とは、誰からも束縛されないこと。

 父にとっての自由とは、領主と言う肩書がなくなることか。

「隠居した父上が、何をするか想像出来るか?」

 その言葉は、桃の頭の中に世界を構築していく。

 余りに簡単で、想像する時間もいらない景色が思い浮かぶ。

「……!」

 父は──都へ来る。

 エインが領主を継いだら、母の側に来てくれる。

 二人とも、老いていくだろうが、そんなこと関係ないほど幸せに暮らすだろう。

 ああぁぁー!!

 桃の中の心が、叫びたいほど激しく揺さぶられた。

 恋の壊れた悲しさと、父の愛情の深さと、そんな父を幸せにしたいと願う弟の心情が、全部いっしょくたに桃の中で混ざり合ったのだ。

 喜んでいいのか、悲しんでいいのか、謝っていいのか、どうしたらいいのか分からなくなる。

 ただ。

 ダバダバと涙が溢れた。

 身体中の水分が、目から飛び出して行くんではないかと思うほど、滝のように涙があふれ出したのだ。

 わあわあと子どものように泣きながら、弟に腕を引っ張られて家まで帰ってしまった。