アリスズc


 その部屋には。

 エンチェルクとロジアと──赤ん坊がいた。

 平然と立つエンチェルクの側のソファで、ロジアは全てを恐れるように、赤ん坊をぎゅっと抱きかかえている。

 ジロウだと、すぐに分かった。

 母の言う、『一番安全な場所』

 それは、ロジアの腕の中だったのか。

 母らしすぎて、リリューは笑みがわき上がるのを止められなかった。

 彼女は異国人で、そして、敵になるか味方になるか、はっきりと分からない立場の人間である。

 そんな相手であったとしても、母はこの屋敷に留まり続けたし、我が子を預けたのだ。

 彼女が、決して弟を害さないと──信頼しきっている証。

「爆弾が使われたなら…もう屋敷には火がついていてよ」

 彼女は唇まで真っ青にしたまま、ぶるぶると震えている。

 思い出して、いるのか。

 燃え盛る町の、あの日のことを。

「ほう、爆弾と言うのですか。興味深いですな」

「そんな悠長な事態ではないわ。早く逃げないと、この子が死んでしまってよ」

 ひどく狼狽して、落ち着かない様子だ。

 だが。

 自分の命ではなく、ジロウの命の心配をしている。

 火傷の跡を見る限り、彼女自身も炎には恐ろしい思い出があるだろうに。

「まだ、逃げませんよ」

 震える彼女の横に、ヤイクは腰を下ろした。

「下の騒乱が片付いて、この屋敷が炎に包まれたら…あなたは、私と一緒に都へ行くんだよ」

 おそろしく、ゆっくりとした言葉。

 ああ。

 リリューは、彼の言葉の意味を噛みしめた。

 それが、もう一つのヤイクの計画。

 誰にも知られず、しかし、死んだと思わせるような状況で、この女性を連れ去ること。

 ロジアを祖国から、完全に切り離し。

 そして。

 この国に協力してもらうべく、ヤイクが立てた計画だった。