アリスズc


 母が、美しい布にくるまれた長物を持って来た時、桃はどきっとした。

 もしや、と。

 出立が近付いている。

 だが、このままでは桃は丸腰か、木剣で旅立たなければならない。

 便宜上は、ハレの身の回りの世話をする女性になるので、武装する必要はないのだが、剣術道場の人間が、それで満足できるはずがなかった。

「桃」

 何のタメもない呼び方は、彼女の背をまっすぐに引き延ばさせる。

 ただでさえ母の背を越えたというのに、更に見下ろすような状態になってしまった。

「お前に、刀を預かって来ました」

 解かれる紐。

 すべり落ちる布。

 真新しい日本刀が、母の手の中にあった。

 反射的に喜びかけた桃だったが、厳しい視線に、はっと顔を引き締める。

「菊によると…本当ならば帯刀は許せない、ということです」

 耳の痛い言葉。

 そんなことは、分かっている。

 桃には、強い心がない。

 勿論、技術も足りない。

 菊やリリューを見ていれば、自分に足りないものが何であるかくらい、嫌というほど知っている。

 桃は、父以外のすべてに愛され、可愛がられて育った。

 剣術道場に通っていなければ、ただの苦労知らずの甘ったれだっただろう。

 そう、心のどこかに甘えがある。

 それを乗り越えない限り、伯母は正式に彼女に帯刀を許すことはないだろう。

「心して、持っていきなさい。帰ってきてもなお、刀があなたに相応しくないと見られたら、容赦なく私がもらいうけますよ」

 ずしり。

 母の言葉と共に、桃はその重みを受け取った。

 抜きかけて、やめた。

 試しで抜くには、この剣は冷たすぎる。

 まだ、何の魂も入っていない気がしたのだ。

「覚えておきなさい、桃…それは、人を斬るものです」

 あ。

 母の声は、桃の甘えの水たまりに──大きな波紋を落とした。