アリスズc


 朝。

 ノッカーを鳴らして、桃はリリューの部屋を訪れた。

 恒例の、朝食の配達だ。

「リリュー…兄さん?」

 既視感、と言ったらいいか。

 これと同じ戸惑いを、桃は前に覚えたことがあった。

 受け取りに来たリリューの左の頬が、わずかに腫れている。

 誰かに殴られたのだろうか。

 前は、この家のドラ息子で。

 その時は、もっとひどかった。

 しかし、今日は傷のひどさというよりも、リリューの表情の方が気になる。

 普段、大きく揺れない彼の気持ちが、沈んでいる気がするのだ。

「何か…あったの?」

 そぉっと聞いてみる。

 他の人にしてみれば、それは単なる気分的な軽いものだと考えるかもしれない。

 しかし、桃は従妹だ。

 子供の頃から、リリューのことを知っている。

 ほんのちょっとさえ、普段出さない人間だからこそ、何かとんでもないことがあったのではないかと心配になった。

 それに、いまこの家の息子はいない。

 誰に殴られたかも気になる。

 リリューを殴れそうな立場の人間と言えば、エインか父くらいしかいない気がしたのだ。

 大穴でホックス。

「…野猪(のじし)の子を…可愛いと思うか?」

 しかし、リリューの返事は、あさってのものだった。

 は?

 野猪の子?

 大人の野猪は身体も大きく気性も荒く、山で出会ってしまったら即座に逃げるべきだ。

 だが。

 その子は。

「…見たことない、かな」

 桃の頭の中に、その記憶は入ってなかった。

「そう…か」

 黙り込むリリュー。

 その顔は。

 野猪の子に、やられたというのだろうか。