アリスズc


 桃が部屋に帰ってきたら。

 コーが、ソファでぼんやりしていた。

「コー? 大丈夫?」

 その問いに、こくりと頷く姿は、どこか魂が入っていないように見える。

 両手で、自分の胸を押さえたまま、彼女は遠い目をしていた。

 ほんとに大丈夫かなぁ?

 今日は、晩餐以外のほとんどの時間、コーと離れていた。

 その間に、何かあったのだろうか。

「桃…」

 ぽつりと、彼女が呟く。

「なあに?」

 ようやく自分に向けられた視線は、ちょっとしょんぼりしたもので。

 困った眉は、生まれて間もない生き物のように、いたいけに見える。

「コー…嘘ついちゃった」

 それは──衝撃の言葉。

 少なくとも、桃を驚かせる言葉だった。

 言葉を愛し、言葉を使う彼女と、『嘘』は無縁のもののように思えた。

「ハレイルーシュリクスがね…来たの」

 両手は、自分の胸に押し当てたまま。

「『恋』って言葉を教えてくれたんだけど…」

 伏せられる、髪と同じ白いまつげ。

「コー…よく分かんないって答えちゃったの」

 ぽうっと染まる頬。

 あらら。

 聞いている桃の方が、気恥ずかしくなった。

 ハレは、彼女のことが好きなのだ。

 それで、コーの自覚を促そうとしたのだろうか。

 そして。

 コーには、自覚があった。

 自覚があったけれども、何かに戸惑って、彼女は分からないふりをしたのだ。

 嘘をついたということは。

 彼女は──『恋』を覚えたのだ。