アリスズc


「桃は、大事な御用で行っちゃったの」

 彼女の部屋を訪ねた時、コーはしょんぼりしていた。

 ソファの上に、膝を抱えて座っていたのだ。

 彼女なりに、我慢をしているポーズなのだろう。

 大事な御用。

 それは、晩餐の時に薄々気づいていた。

 エインよりももっと近い光の男が、同席していたからである。

 テイタッドレック卿。

 エインの父にして、北の領主。

 そして。

 モモとは、うまくいったのだろう。

 時折交わす二人の視線が、気恥ずかしさを含みながらも、温かい雰囲気を醸し出していたから。

 そのおかげか、夫人もご機嫌だった。

 息子が連れて行かれて、寂しい時間を送っていただろうが、今日は大人数の本当に楽しい晩餐になったのだから。

 コーも、ちゃんと正式に夫人に招待されていた。

「モモは、幸せそうだったろう?」

 よしよしと、その頭を撫でると、ぴょこんと彼女は顔を上げた。

「うん! 桃は幸せだよ。幸せって、顔がこうなっちゃうよね」

 コーが、自分の顔を両手で横に伸ばす。

 目が細くなり、唇がにたっと伸びた。

 思いがけない表情に、ぷっとハレは吹き出してしまった。

「コーも、そんな顔をすることがあるかい?」

 彼女は、『幸せ』という言葉を覚えた。

 言葉の上では、何度も歌の中にも出てくるから、知ってはいたはずだ。

 しかし、本当の意味で体験はしていなかっただろう。

「うん!」

 即答だった。

 一瞬の迷いも、考える隙間もなく、コーは両手を離して笑った。

「ハレと桃と一緒にいると…こうなるよー」

 今度は。

 両手を使わずに。

 コーは──にまーっと顔を緩めたのだった。