アリスズc


「遅かったわね」

 部屋に戻ったテルは、そのまま回れ右をしたくなった。

 部屋に、勝手に入っている馬鹿娘がいたからだ。

「何を、しに来た」

 テルは、つとめてつっけんどんに言い放った。

 10歳ほどの姿は、自分と同じ。

 長い髪を編んで、巻きつけているのも自分と同じ。

 どう見ても、イデアメリトスの人間だった。

 血縁関係で言えば、父の従妹になる。

 隣領に住む、同じ年の娘だ。

 名を、オリフレアリックシズという。

「旅立ちの儀式の、手続きに来たのよ」

 彼女もまた、成人の儀式の旅に出ようと考えているのだ。

 来年。

 三人もの、イデアメリトスが旅立つことになるのだろう。

 テルよりも、もっと濃い褐色の肌を持つオリフレアは、子供の見た目とは裏腹に猛禽類のようだった。

 そこが、彼の苦手なところだ。

「ところで…どっちが太陽になるの?」

 そう。

 彼女が知りたいのは、それ。

 昔から、顔を合わせる度に、そう聞いてくるのだ。

 何故かと聞いたことがある。

 そしたら、オリフレアはこう言ったのだ。

『どうせ嫁ぐなら、太陽に嫁いだ方がいいでしょ』

 母が異例だっただけで、イデアメリトスの世継ぎは、ほぼ間違いなく血縁から結婚相手を選ぶ。

 その伴侶の地位を、彼女はいまから虎視眈々と狙っているのだ。

 エンチェルクやモモ、キクにウメに母。

 こんな穏やかな女性陣に囲まれ慣れたテルにとっては、オリフレアのガツガツした感じはとても苦手だった。

 乳母を、思い出すのだ。

 彼女は、母を好きではなかったようで。

 とにかく、母に合わせまい、母のところに行かせまいと、浅はかな画策を巡らせたのだ。

 余りにそれが目に余るため、宮殿から下がらされたという経緯があった。

 ハレの乳母は、いまだ事あるごとに訪ねて来ているようだが。

 それからだろう。

 テルが、何でも一人で出来るように手を出し始めたのは。