川さん、と1番最初に教室から出た玲菜が、ぼそっと呟いた。


長い廊下の曲がり角のところで、浅川らしき人の後ろ姿が見える。

断言はできないが、おそらく浅川だろう。

あの肩にかかるくらいの黒髪と、縦にスラリと伸びる、清楚感漂う女子は浅川としか言いようがない。


だが、浅川は俺たちには気付いていないようだ。

そんなことを考えていると、桜が大股で歩きだした。

足音が無音に近いため、相手は気付かないが、俺と玲菜が大股で早歩きした瞬間には、浅川はすぐにこちらを見ただろう。

直感に近いが、浅川が誰かと一緒にいるようにも感じた。

だから、桜のように無音で歩けない俺たちは、ゆっくりと忍び足で歩いた。


曲がり角の5メートルほど手前で、桜は止まっていた。

気付けば浅川は、奥に行ったのか後ろ姿は見えなくなっていた。


しかし、この距離だと声は聞こえる。

落ち着き払ったこの声の持ち主は、浅川だと断言できる。

そして、もう一人。

浅川とは正反対の、非常に緊張して今にも裏返りそうな声が聞こえた。


「今まで、ぶっちゃけ俺は、軽い男だったと思うよ。
だけど・・・・・・百合ちゃんのことは本気だって心から言える。
1対1で負けた日から、俺、もう百合ちゃんしか見えないよ」


桜はどう思ったのだろう。

あからさまに桜を敵視していた田上は、浅川に告白しているのだ。


浅川と田上のバスケ対決は、それなりにクラスでも話題になった。

浅川はもちろん、田上もそれなりに女子から人気があるらしく、見に行けなかったギャラリーが嘆いていたのを、何度も聞いた。

ちなみに、俺も見に行けなかったことには、かなりのショックを受けた。

あの桜が応援しに行ったのだから、かなりの見ものだったことは容易に想像できる。


残念ながら、このときの桜の表情は、窺えなかった。

でも、背後から何となく読み取れる雰囲気は、いつも以上に冷たいものだった。