ここまでを浅川に話したところで、彼女の口元は何故か上がった。

笑顔には程遠いが、微笑みには近い。


「玲菜って、本当にいい子」

俺が首を軽く傾げたことに気づき、浅川は言った。


「私も、玲菜に言われたことがあるの。
言葉と表情が一致しないし、全てにおいて冷たいし、クラスの女子には話し相手がいなくて。
でも、玲菜は言ったわ。
川さんって呼んでいい?
ねえねえ、友達になろうよって」

そこで、浅川はその時のことを思い出していたのか、少し黙った。


「にこにこしながら、手を差し出す玲菜が面白くて。
今どき握手ってどうよ、って思いながら握った。
それから、ぶつぶつ言いだしたの・・・・・・。
友達になろうってやっぱり変だったかなーとかね」


上機嫌な浅川が珍しくて、改めて玲菜の凄さを実感した。

やはり俺の目に狂いはなかった、と内心で思いつつ、そのエピソードに相槌を打つ。


「で、そろそろ教えてくれよ。
桜を好きになったわけ」

少し考えてから、浅川は言う。


「やっぱり、何度考えても分からない。
いつ、どの瞬間から、桜を目で追うようになったかが。
だけど、好きになった理由がないわけじゃない。
ただ、分からないだけなの」

浅川らしい分かりにくい回答。

だけど、俺にも分かる。


“分からないけど、存在する”

それは何だか、恋そのものだと思う。


形もなければ、
断言もできない不確かなもので、
それでいて永遠もないし、
人によって全てが違う。


そんな目に見えないものを、
俺たちは何の根拠もなく、
存在していると思い、
その不確かなものに常に、
動かされているんだ。