もっとマシな奴を連れてくれば良かった、と心から思うのももう遅い。

ここまで来てしまったら、後には引き返せない。


「スー。ここ、大学だ」

「そんなの分かってるよ」

「俺の好きな携帯小説の握手会は、どうなったんだ?
今日、1部が発売なんだぞ?」

素直に言うのは気が引けたので、あの携帯小説の握手会があると言って、桜を連れてきたのだ。


ゲンの気持ちは何となく分かったけど、ここに連れてくるのは、やはり気が引ける。

本当は川さんに来てほしかったのだが、どうやらバスケ部の助っ人に行ったみたいだ。

だけど、一人で行けるほど、あたしの心はいい子じゃない。

それで桜を連れて来る自分もどうかと思うけど、仕方ないことは仕方ない。


「知らないわよ、そんなの」

「知らないってお前・・・・・・。
俺はそのためにわざわざ時間を割いて、スーについてきたのに」


生気が抜けたように、桜の表情は暗くなった。

たまには元気のない桜も面白い、と思っていると一人の男が校門から出てきた。


あ、と声が出ていたに違いない。

桜が顔を上げ、あたしの視線の先にたどり着いた。


「へえ。なかなかのいい男だな。
もしかして、初恋の人ってやつか?」

多分、何気ない冗談のつもりで桜は言ったのだろう。

でも、いきなりの的を射た言葉に、あたしは何とも返せない。


「行かなくていいのか?」

まるで、あたしの顔を見て全てを理解したような言い草だった。


「行かないんじゃなくて・・・・・・行けない」

何かがこぼれ落ちそうなのを必死に堪え、下を向いた。


「スー、俺今日は暇だから、少しくらい聞いてあげてもいいけど」


この後、桜の不器用な優しさに触れて、涙を流してしまったのはちょっとした誤算だ。

だけど、まあ後悔はしてない。


あの時、隣にいたのが桜で良かった、と本当はちゃんと思ってる。