劇が始まる。

ドレスで足元を隠しながら、台詞を言うたびにあたしの足を踏んでくる。

ヒールを履いているため、足の指が潰れそうなくらいの激痛が走る。

うめき声を必死に抑える。


人魚姫もこんな思いをしたのだろう。

それでも、両想いになれなかった。

なんだか昔の自分と似ている、とふと思う。


「王子さま。
貴方のことをこんなにも、こんなにも愛しているのに。
なのに、貴方は違う人と結ばれるのね」

海に向かって独り言を呟くシーンだ。

声が出ない、という設定なのだが海に近づけば話せることにした。

童話は何度も書き直されているため、所々に文化祭用のアレンジがある。

ここのシーンを影から王子が見ていて、心を痛ませるという切ない場面だ。


「ねえ、私はもうすぐ泡になってしまうわ。
それでも、私に生まれてきた意味はあるの?
結局、誰も私のことを愛してくれる人はいなかった。
何て悲しいの。こんな悲しいことってあるの?」

涙を流す人魚姫。

もちろん、あたしにそんな名演技は無理だから、目薬だけど。


「お待ちください。姫さま」

会場から一人の声が聞こえる。


あれ?

こんなのシナリオにあった?

いや、ない。

このあと、場面が展開して、人魚のお姉さんたちが来るはずなんだから。


「王子さまはあなたのことを、全く分かっておりません。
あなたの持つ輝きも全て素晴らしいのに。
私なら、貴女をきっと幸せにできます。
私は貴女を心から愛しております」

「あなたは誰?」


ステージを目立たせるため、会場の電気は消されている。

声しか聞こえないけど、誰が言っているか分かる。


「私は王子さまにお仕えする騎士です。
貴女をずっと見ておりました。
王宮のお姉さま方に、どんなに酷い言葉を言われても決して変わらない志と、どんなに陰険ないじめをされても、涙を流さないあなたを。
王子さまが知らない貴女を、ずっとずっと見ておりました」