だけど、と桜は苦い表情を見せ、おばあちゃんだけは手加減なしだったな、と笑った。


「桜が素直に怒られるとは、到底考えられないけど」

「まあな、俺はそう簡単に頷かない」


胸を張って、桜は誇らしげにしたが、私はそんなガキ好きじゃないな。

小さい子供はやっぱり素直が1番だと思う。


「おばあちゃんは凄い人だったよ。
俺は子供の時、馬鹿で無知だったから、抵抗ばっかりしていたが。
けど、本当の意味で抵抗していたのはおばあちゃんだった」


遠くを見つめる桜の横顔から、おばあちゃんのことを考えているんだろうなってすぐに分かった。

一体、どんな表情で桜を怒ったんだろうか。

桜のように冷ややかな目と、低く通る声で棘のある言葉を言い放ったのかな。



「社会に抵抗するのは、並大抵のものじゃない。
人を愛することをやめた社会の中で、ただ一人おばあちゃんだけが、愛することをやめなかった」


首をゆっくりと縦に振った。

生憎桜は私を見ているわけではなかったが、おそらく視界の端で髪が揺れたのは見えただろう。


「よく、言ってたんだ。
言葉なんて愛がないと、ただの記号でしかない、って。
・・・・・・それなら俺は、生まれてからずっと、記号を連ねているだけなのか?
そんなの悲し過ぎるだろ。
どんなに俺が正しいと思ったって、それはただの記号なのかよ」


やや震えた桜の声色が、私の耳を同じくらい切なく揺らした。

そんなことないよ、なんて気休めさえも出てこない。唇の筋肉が硬直したかのように、動かない。


「なんだよ、愛って。曖昧すぎるだろ。
そんな大切なものなら、たった二文字なんかで表現するなよ。
それで、忘れたりなんかしなきゃ良かったのに」


桜は下唇を強く噛んだ。

苦々しい表情の桜を見て、動かない唇を無視して、無意識に私の体は動いていた。


抱きしめた桜の体はひんやりとしていて、体温の低さに驚いた。

桜は驚いた顔も仕草も見せず、ゆっくりと私の腰に手をまわした。