「そんな当たり前のことを聞くな」

呆れたように、山田は言った。


「当たり前?
笑わせるな」

桜は冷たい笑みを浮かべ、誰もが春の陽気さえも忘れてしまいそうだった。


「愛があるから、憎しみも嫉妬も生まれる。
愛のない性行為が、何故軽いなんて言えるんだ?」


桜の言葉よりも、あたしには、こんなことを聞く桜がまるで分からなかった。


今まで何度か、桜が山田と口論をすることはあった。

ただ、いつもは桜の怒りのツボが理解できた。

あたしも同じく、山田は嫌いだったし、桜と仲が良いからだろうか、何かあれば突っ掛かってきた。


「じゃあ、桜はレイプなどの暴行も、軽い行為だと思わないのか?」

元々自分の揺るがない意見のない山田は、相手の上げ足を取ることしか、もうできなかった。


「それは、愛があるないの問題じゃない。
自分の欲求に任せてする性行為など、議論する余地もない。
俺が言いたいのは、子孫を残すために行われる性行為が軽いか?と聞いているのだ」


山田の貧乏ゆすりは、いつしか足踏みに近くなっていた。

そして、いきなり黒板に向かい、普通に授業を始めた。

ちなみにこの授業の間、桜のことを1度も横目にも山田は見なかった。

そして、桜も同じく黒板さえ見ようとせず、窓の外をじっと眺めていた。


「なあ。
桜、最近どうしたんだろうな」

隣にいたゲンは、シャーペンを器用に回しながら言った。

今クラスでも流行っているのだが、あたしには無理だとここ最近悟った。


「ここ1週間くらいね。
機嫌悪いっていうか、悩みでもあるのかな?」

「悩みねえ・・・・・・」

「案外、いろいろ抱えてそうだしね」

「まあ、何も抱えてない人間なんていないだろうな。
いつも笑ってばかりで、何でも出来る凄い奴だって、悩みはあったんだから」


遠くを見つめたゲンの表情に、どこか見覚えがあった。

あたしが、トシ兄のことを思い出したときのような。


「それ、誰のこと?」