桜は口笛を吹いた。

自分の立場が悪くなった時の技だ。

話しが変わるのを待っているのだな、と思う。


「そう言えば桜、こないだ貸してって言ってたやつ、今あげればいい?」

川さんは、桜に甘い気がする。

こんな時、いつも助け船を出すのは川さんだ。

「おう、百合は気が利くな」

そして、自分の席に戻ったと思うと、一冊の本を川さんは持ってきた。


「ばりばりの恋愛ものだけど、いいの?」

「ばりばりの恋愛ものがいいんだ」


珍しい、と不意に言葉が漏れる。

ゲンも同感したようだった。


「この携帯小説、ちょっと話が面白いんだ」

桜はもう本を開いていて、目が上下に動いていた。


「どんな話なんだ?」とゲンは川さんに聞いた。

「未来からきた少女に現代の少年が恋をする、って話だけど、べたべたの恋愛ものに近い」

川さんが言い終わるとほぼ同時に、桜の笑い声が聞こえた。


「この世界の小説は面白いな。こんなこと普通に言えるのか?」

25ページ目の、君しか見えない、という行を桜は指さしあたし達に見せた。

「転ぶなよ」

誰に言ったのか分からず、あたし達は一瞬顔を歪ませたが、少しして桜がそれを言った主人公に向けた言葉だと分かった。

桜はもう本に集中しているし、あたし達は三人で話すことにした。