かさの向こうに縁あり

まずは名前っと。

楷書ではどこかおかしいような気がするから、少し崩して行書で書く。


『村瀬妃依と申します』


一文字書き終えるごとに、藤堂平助はそれを音読していく。



「村、瀬、妃……?」



『妃依』が『ひより』と読めないんだな、と悟って、横にふりがなをふる。



「妃依ちゃんか!可愛いね」



名前が可愛いと言われたのは初めてだった。

しかも笑顔で。


徐々に顔が熱くなっていくのが、自分で分かった。



この状況から逃げるように急いで、『貴方の名は』と書き足す。



「ああ!じゃあ、筆貸して」



私の表情には全く気づいていないようで、上手く逃げ切れたようだ。


筆を渡すと、私が持つ紙にすらすらと書いていく。

書き終えると筆を私に返し、軽く咳払いをしてはしっかりと正座した。



「改めまして、俺は藤堂平助。よろしくね」



私を見つめてそう言い終えると、にこっと微笑み、さらに私を見つめ続ける。

その時間は長く続いているのかもしれないけれど、不思議と私は目をそらせなかった。



何故だか、心の奥底が怪我をしたように疼いているんだ。