花びらだって、本当は踏まれたくなんかないはずだ。


長い冬を越え、ごく僅かな期間綺麗に咲いて、後は風で散って、枯れて、そして自然に還る。

それだけの人生だから、踏まれるのは悲しくないのかな、なんて意味の分からないことを考えてみる。


そのおかげで、本心を言わなければ、という思いも、心のどこかで押さえつけられてしまった。



「どうしても……行くんだね」



やっと出た言葉がそれだった。

たったそれだけだった。


「行かないで」とは言わなかった。

あるいは、言えなかったのかもしれない。


そんな私を見るに見かねたのか何なのか、突然、ゆっくりと平助の腕がこちらに伸びてきた。

肩でも掴まれるのか、はたまた頭を撫でられるのか。

何をされるのかな、と思いつつ、少し緊張してその重みを待つ。



「……ごめん。どうしても行かなきゃならないんだ。先生に呼ばれたから……」



けれど、その手はどこにも触れることなく、戻っていってしまった。

それと同時に彼は後ろを向き、私に背を向けた。


俯いたままだった私の視界で、あるものを捉えた。


平助が拳を握りしめていたんだ。


側面から赤く見えるほど、すごい力だということが見ただけで分かった。

きっとその手は、伸ばしかけた方の手だったんだと思う。