子供の頃から大好きだった『勇者伝説』。

人々の醜い争いに巻き込まれ、誰にも上れない高い塔に閉じ込められてしまった姫の哀しみを癒すべく、死をも恐れず『哀しみの塔』へ上り見事姫を救い出した、心優しき、勇ましい青年。

その伝説が実在のものであったことすら驚きだったのに。

その勇者はフェイレイと同じ、セルティア出身なのだという。

しかも故郷に家族を残していて、その血は千年の間、脈々と受け継がれていた──らしい。


「そんな話……聞いたことないぞ」

一夜明け、アライエル王城に着いてからも、フェイレイは信じられないでいた。

豪勢な部屋で軽く仮眠を取った後、イライザの案内で王城からは大分離れた、静かな北の森の中へ足を踏み入れた。

山裾に広がるその森は聖域とされているらしく、人の歩いた形跡はまるでない。

人の手が加えられることなく、木々や草花が自由に根や枝を伸ばしているため、踏みしめる土の感触がとても柔らかく、冷たい空気の中に自然の香りを色濃く漂わせていた。

小鳥たちの鳴き声を聞きながらずっと進んでいくと、朽ち果てた神殿のような場所に辿り着いた。

苔むし、蔦の蔓延る太い柱たちは、長い年月の間ここを護っているらしい。ひび割れ、折れた箇所もあるものの、どっしりとした重厚感を醸し出していた。

それを眺めながら階段を上り、奥へと歩いていく。

先程まで響いていた小鳥たちの鳴き声がピタリと止み、なんの気配も感じない、ひっそりとした空間を慎重に歩いていくと。

建物の中央に、人の形をなんとか保っている像が静かに佇んでいた。

柱と同じく、びっしりと苔と蔦が蔓延り、顔の造形も分からなくなっている。

けれど長いマントを翻し、高々と剣を掲げる威風堂堂とした佇まいは、今にも動き出しそうな雄々しさも感じられた。