細い銀の月が濃紺の夜空にひっそりと佇む静かな夜更け。

最近の誘拐事件のせいなのか、それとも元々なのか、ザズの街は陽が沈むのと同時に人の往来がパタリとなくなった。

代わりに家から漏れる明かり、そして街灯の明かりが煌々と誰もいない街中を照らし出す。この明かりは陽が昇るまで照らし続けられるらしい。

真夜中になる少し前、宿屋を出たフェイレイとヴァンガードは、警邏中の警官とすれ違い、注意を促された。

それをやり過ごしてしばらく歩いたあと。

赤髪の『執事』は、がっちりと自分の腕にしがみついている銀髪の『淑女』に目をやった。

「大丈夫かー? 辛かったら抱っこするぞ?」

ズルズルと足を引き摺るようにして歩く淑女は、キッと赤髪の執事を睨み上げた。

「公爵家令嬢がこんな往来を抱っこされて歩くわけがないじゃありませんか!」

声は少年のものなのだが、ローズマリーとリディルによってかわいらしく化粧をされた彼は、外見だけは見事に公爵家令嬢になっていた。

元々、エインズワースという高貴な家の生まれなので立ち居振る舞いが美しく、顔立ちも中性的なので女装するにはもってこいの人材なのである。

「うーん、凄いな。知らない人が見たら間違いなく女の子に見えるよ」

「そんなことを何度も感心しないでくださいよ!」

ヴァンガードはプリプリ怒りながら、フェイレイの腕にしがみつくようにして歩いていた。

慣れないヒールでつま先は痛いし踵も靴ズレしているのである。しかも窮屈な上に歩きづらいロングドレス。歩くだけで疲れきってしまっていた。